中世城郭にのめり込むきっかけ(2006年1月11日)
管理人は昔から特に城が好きという訳ではありませんでした。
管理人が城を好きになったのはここ数年に過ぎません。
かつて、管理人にとって城と言えば、故郷の海津城、上田城そして小諸城でした。
あと旅行で行ったりした名古屋城、松本城、会津若松城がそこに加わる程度でした。
いずれも石垣のある近世城郭であり、とりたてて興味を引くものではありませんでした。(これは今も余り変わらず、藪の中に堀切を見つけたら、それこそ野○○級の感動を覚えるのに、立派な石垣を見てもそれほどの感動は受けません。)
数年前、当時、常陸大宮市のスイミングスクールに行かせていた子供を車で送って、練習が終わるまで暇だったもので、近くのお寺みたいなところに行ってみました。
お寺はどうってことはなかったのですが、本堂の裏にまわってみてびっくり仰天。
ばかでかい堀があるじゃないですか。石垣もなく土だけのものです。堀底から見ると凄い迫力。これを見て受けたショックは大きなものでした。
管理人も過去にも葛尾城など中世の城に行っているので堀切などは見ているはずですが、当時は興味もなく、眼中に入らず、記憶にも残らなかったようです。
ちなみにその城の名は『前小屋城』。
この城こそが管理人の中世城郭探訪のルーツとなった城です。
その後は車を駆使して訪問三昧、とりあえず近場の石神城、額田城、宇留野城、南酒出城、見川城、河和田城その他あちこち。(なぜか20年以上、この地に住んでいてすべて始めての訪問だったのです。)
そして理解したことは、『関東の土主体の中世城郭は、大地を素材とした巨大彫刻であること。』
まさに『土の城は芸術品』なのではないのか、姫路城や松本城も芸術品であるが、違う分野での芸術品ではないのかということでした。
その土の芸術品の骨頂は、管理人は茨城では『小幡城』だと思うのですが?。
その後は病気にかかったようなものです。
藪の中に堀切を発見した時など『思わず熱いものが股間を・・。』という感動を覚え、これが快感になっています。
藪城仲間にも明らかに藪城中毒の症状を呈している方々は多いようですが、程度の大小こそあれ、皆様、病状が進行し、過激化しているようです。
管理人の藪友人Y氏やU氏などは末期的症状を呈しているようで、日本各地に出没地域も広範に転移しているようです。
雪の降り積もった山城などに登るなんてもはや□□の領域です。
管理人も似たようなもので最近は熊が出没する信州の山城まで突撃するようになってしまいました。
高価な『熊撃退スプレー』まで用意して・・。
そこまでするのは何とか止めたいのですが・・・体がどうにも止まらん。