ISO(2006年3月9日)

ISO9000、14000、18000等の国際基準取り入れが少し前からの流行となっており、実際、多くの企業が採用している。
この取り入れの風潮は企業のみならず、役所関係にも採用しているところが結構あるという。(取り止めたところも多いようであるが)

各企業が自主的に取り入れているのならまだ分かるが、最近は各種の法律までISOである。労働安全衛生法とか環境配慮促進法までQAなのである。

法律に取り入れたらもはや強制である。

今後もこの動きは止まらず、より多くの法律に取り入れられていくものと思われる。

どうも役人さまはQAの何たるかも知らず、QAを取り入れれば安全など、法律の基準が保たれるものと思っているようである。

管理人の勤務する会社も世の流れに従いこれらの基準を取り入れ、業務としてやらされている。
しかし、けして「やっている」のではなく、「やらされている」という感じなのである。
なぜこうなるのかといえば、大体、やる「必要性」を感じていないからである。

ISOを取り入れている皆様の会社でも似たりよったりではないでしょうか?
大体、自治体や企業の入札の条件にISOの認証を受けていることを挙げているので、とりあえず体裁だけ整えてやっているというのが本音であろう。

管理人は勤務先では、一応、(資質はともかく、これでも)課長の職にある。部下は60名以上いるのでそれなりの規模の課である。
しかも、これらの基準の内部監査員の資格も持っている。(資格は、強制的に取らされたから持っているだけであり、その必要性と意味がいまだに理解できない監査員である。)業務に入れられているのでしょうがないので形だけはやっている。
しかし、なぜ必要なのかは理解していない(理解できない)。したがって、熱意は全くない。

課長がこの調子なので部下の課員も似たり寄ったりである。
部下も「キチンとやるべき。」と誰も進言して来ないので、課員もなぜ必要なのか理解していないことは明白である。
それとこのシステムはどんなことにでもエビデンスを要求するという「人は信用するな。」という性悪説に立ったものであるため、これに対する根強い反発が根底にあるからである。
大体、大量の手順書、膨大なエビデンスを作ることと、それらの教育を行うことがISO9000の全てになっており、現業は従来どおりである。これで必要性を認識しろというのは無理である。

取引先のいくつかの企業の人にもそっと聞いてみたのだが、本音はやっぱり似たようなものであったので自分ばかりでないのに安心した。
たぶんISOを取り入れている皆様の会社も同じようなものでしょう。
認証機関の人にも質問してみたのだが、教科書に書いてあることを言っているだけである。それくらいのことなら管理人でも言える。
やはり認証機関の人も理解していないようである。
いっそ「俺はこれで飯を食っているんだ。俺の家族を飢え死にさせるのか」とでも言ってもらったほうが納得できる。

凄いのは認証継続の監査前に監査用の文書を揃えるコンサルタントの仕事があるのだそうで、これがまた、結構繁盛しているという。
「文書を揃える」って、それ偽造、捏造じゃないのか?これじゃISO9000ではなくUSO800(嘘八百)だろう。
つまり、ISOは日本に定着していないってことだろう。

このISOのうち最もポピュラーな9000シリーズは、言葉も技能も大幅に異なる移民や出稼ぎが多いヨーロッパで製造する製品の質を確保する手段として考えたものという。
だから労働者は信用するなという精神が根底にある訳である。
また、国際的地位の低下したイギリスが国際基準の本家として再度、国際的地位を上げようとして9000シリーズを考えたともいう。
事実、多額の認証料が上納金としてイギリスの総括する本部に入っているらしいので家元制か暴力団みたいである。
さすがはイギリスであり、無から金を生み出す手法を開発するなんて着目点が違う。
詐欺まがいのことをやって自爆した△△△ドアなんてガキである。

あの会社の規格はUSO800だったのだろう。ただし、見方を変えれば、日本でもこの認証の仕事で飯を食っている人も多いので雇用確保上、経済効果には一定の評価ができるのかもしれない。

でもコンサルタント料や認証料が結構高い。金額を聞いてびっくらこいた。それに見合った効果(利益)があれば安いものであるが、多くの企業・役所で認証を返納するところが多いということは、費用対効果がないということだろう。

確かにこの基準は言葉も技能も大幅に異なる移民や出稼ぎが多いヨーロッパやアメリカで物を製造しようとした場合有効であろう。
それがヨーロッパの企業の輸入要件となり、政府調達の要件になったので、輸出国である日本の企業が取り入れざるをえなくなり、国内に広まったという経緯があるそうである。

そこにQAの意味の分からない役人が便乗したというのが当たらずしも、遠からずといった実情ではなかったかと思う。

ところが、日本の事情はヨーロッパとは違う。最近は海外からの出稼ぎ労働者が増えてはいるが、基本的には職場もほぼ単一民族である。
労働者の教育水準もそんなに大きなばらつきもない。
職人の技も結構大切にされ、学歴はないが優れた技能を持った技術者は尊敬を集めていた。
こんな世界に職人のステータスを重視しないISO9000などを入れたら日本の製造業などがずたずたになるのは目に見えている。
日本の産業は性善説で成り立っているのである。ISO9000を取り入れてからは職人の地位は低下し、製造現場の創造性も低下しているようである。
ただし、職人の世代が今後大量にリタイヤし、現場が欧米のような状況になってくるのでこの場合はISO9000は有効かもしれない。
そこまで先を読んで役人さまが法律に取り入れたなら大したものだが?そんなことはないだろうなあ。

ISO9000を取り入れた企業の製品等に係る不祥事も相次いでいる。

○○乳業や□□自動車しかり、これらの大企業はちゃんとISO9000を取り入れていたはずである。
(ISO9000の要件に「顧客の重視」というのがあったが、これら問題を起した企業における「顧客」の定義が誰なのかは知らないが、ユーザー、消費者ではなく、多分、販売部門だったのであろう。)

どうも日本の製造業にはISO9000はなじまないようである。
ただし、細かいマニュアルが要求されているのでサービス業には有用かもしれないが、管理人はサービス業におけるISOの効果を知らないので、この業界での論評は差し控えます。
でも何もマニュアルの整備だけならISO9000である必然性はないと思うのであるが・・。

一方、製造業でISO9000を無視している尊敬すべき大企業がある。
あの大「トヨタ自動車」である。トヨタの車の品質が問題にされることは聞いたことがない。
あれだけ売れているのだから(販売力が大きいこともあるが)トヨタのユーザーの満足度も高いに違いない。
おそらく品質的には世界の自動車メーカーのトップクラスであろう。
トヨタの基本は従来の日本の製造業が基本としていたボトムアップ型システムである「改善」である。
ISO9000はトップダウンが基本であるので、両者は正反対である。
このトヨタのやり方こそが、日本の製造業本来の伝統(労働者性善説)に根ざしたやり方であり、日本で最も成果が上がる方法なのであろう。
トヨタの一人勝ちと言われているけど、トヨタがそのうち世界一の自動車メーカーになることは必然だろう。
職人も大切にされているのだろう。職人さんは自主的な改善は言われなくてもやるが、上から強制的に押し付けられたことは体裁のみで、やった振りを決め込むのが一般的。それなりのプライドを持った人種である。
管理人は以前、製造現場の課長をやっていましたからこの点は良く分かっているつもりです。
ともかく職人さんは難しい人種です。ただし、戦力にしたらとんでもないパワーがあります。
この日本的なやり方を理解・実践しているトヨタさんには、今のやり方・姿勢をこれからも貫いて欲しいものである。
(なお、管理人はトヨタファンという訳ではありません。ちなみに乗っている車は日産車と鈴木の車です。ここまで褒めたのでトヨタさん、車1台ください。)

環境の基準である。ISO14000。これも理念はすばらしい。
省資源、省エネ、二酸化炭素低減全てごもっとも。でもなんでそれを実現するために大量の文書を作るのかな?。
紙の使用は木の伐採とイコール。つまり環境破壊であり、省資源に逆行するじゃないか。
このパラドックスはどう説明するんだろう。

もう直ぐ、年度も変わり、また、ISOからみで計画作れ、監査対応準備しろとか(良心に反し)指示を出さなきゃならんのか・・・。
できる奴らにこんな仕事をさせるのも勿体無い。他にやらせたいことは沢山あるのに・・・。つらい!

つまらん愚痴のような話。長々とお付き合いいだだきありがとうございました。では。