高館城(那須烏山市森田)36.6317、140.1151
旧南那須町の森田にある。烏山城の南西約2.5q、大金ゴルフ倶楽部の北端の標高144m、東下の水田からの比高約70mの山にある。
JR烏山線「小塙駅」から荒川を隔てた場所にある。
この地は山間の平地で荒川が大きく蛇行を繰り返す複雑な地形である。
城のある山は南北に長い尾根状の山であり、西側がゴルフ場になっている。
北東下から見た城址、東側は急斜面であり、山の反対側は傾斜が緩やかでありゴルフ場になっている。
東側は比高約70mの急傾斜であるが、西側はゴルフ場にするような山地であったようで傾斜は緩かったようである。
このため、主郭の西側を横堀が覆っている。
城へは山北端部から道が延びているのでそれを行けばよいのであるが、既に行く人もいないのだろうか、道も荒れている。
この道を登って行くと岩盤を掘り切った切通しCになるが、これはどうやら堀切を利用したもののようである。
その証拠に南側にもう1本の堀切Dが残っている。
どうやら二重堀切だったようである。
この付近の東側は崖状であり、これが南側に続く。
途中から猛烈な篠竹地獄になる。
その中を突破していくのだが、遺構は肉眼には見える。
しかし、写真を撮っても篠竹しか写っていないという悲惨さである。
鉄っちゃんの中にはいい写真を撮るために、邪魔な木を切ったりする狂った奴がいる。
鉄ちゃんを見習い、いい城遺構を撮るために藪城の邪魔な藪は放火して燃やしてしまえ・・なんて奴がそのうち現れるかもしれない。
確かに丸燃え後だったら見事な遺構もバッチリ撮れるだろうなあ・・。
@北端部の掘底、この掘は横堀となって城の西側を覆う。 | A主郭の西側は高さ約0.5mの低い土塁が覆う。 | B 主郭南端の土塁は高さ約3mあるが・・藪! |
C北から登る道の切通しは堀切利用だろう。 | D Cの南にもう1つの堀切が・・ ここは二重堀切だったようだ。 |
篠竹地獄を入っていくと掘が現れ、土塁を越えるとまた掘@がある。
そして高さ約4mの切岸を登ると主郭である。主郭内も藪地獄である。
主郭は南北2つの曲輪からなり、北側が60×25mの広さ、堀状の通路を挟んで南側に80×40mの広さである。
どちらが本郭か分からないがおそらく南側の曲輪であろう。
両方の曲輪の西側には1mにも満たない低い土塁Aがほぼ全面を覆う。
両曲輪間から西下、東下に道が下る。
西下は横堀になっているが上から見ると藪に埋もれていてさっぱり分からない。
南側の曲輪の南端は土塁Bが3〜4mと高くなり、その南側が幅20mの掘があるが、深さは藪で分からない。
城の東側は急傾斜であり、深い谷津が連続竪堀のように連なり特段の防御遺構はない。
森田氏の城であるが、主郭内は非常に広い。
森田氏は多くの城を構えているが、森田氏自身、それほどの規模の軍勢を持っていたとは思えない。
対宇都宮氏との抗争において、那須一族の軍勢が入る城だった可能性もあろう。
または、この付近は丘が入り組むが高い山はない。
この城は森田氏が住民用に用意した避難城だった可能性も想定されよう。