城山城(高山村高井荒井原)
坂市から県道122号線がはしる松川沿いの渓谷を東の山田温泉方向(志賀高原方向)に向かうと、松川左岸(南側)の須坂市との境に須田氏の本城、大岩城がある。

そこから北東2qに北西に松川の谷に突き出た山がある。ちょうど、高山小学校の南側である。
この山の尾根ピークにあるのが城山城である。城址はハイキングコースになっており、遊歩道が先端部から本郭部まで延び、本郭には展望台がある。
尾根先端部はつつじ公園になっている。登り口の先端部にはちゃんと駐車場もあるので車を置く場所を心配する必要はない。
城の主郭部は山頂近く付近のみであり、先端部付近には明確な遺構はない。
先端部の標高は530mであり、主郭部が650mほどであるので、比高は120m。
結構な距離と高さを登ることになる。典型的な尾根城であり、尾根を数条の堀切で区画するおなじみのパターンである。
狼煙台や物見台程度の砦とどこかに書いてあったが、規模はそれほどでもないが、本郭背後に二重の堀切があり、さらにその先には三重堀切があるなどきちんとした尾根式の山城であった。全長は200m程度である。
しかし、このパターンはこの付近の雁田大城、竹の城と全く同じであり、規格品である。
これでは攻める方は次に何があるか予想が付き、攻める側にきわめて有利である。
果たして守る方はこの点はどう考えていたのか気になる。先端部には堀切が3つ程度しかなく余り防備は厳重ではない。これは先端部の方が急勾配であることが理由であろう。
一方、山続きの東側は勾配が緩やかであり、この方面が非常に厳重になっている。
先端部に近い遺構は遊歩道となっているため、堀切が埋められているところがあるが、それでも痕跡は明瞭に残っている。
先端部には堀切は3本確認できるが、最初の堀切から本郭部までは高さで40mほどである。
途中には細長い曲輪がいくつかあるようだが、遊歩道になっており不明瞭である。2つ目の堀切は非常に大きいが、残念ながら遊歩道のため埋められ、竪堀部分のみが残る。本郭直下の堀切も同様である。
本郭は直径20m程度であり土塁はなく、展望台がある。
ここからの眺めは抜群であり、正面に山田高梨氏の本拠地と詰めの城、枡形城が、西には大岩城、その向うに善光寺方面、北アルプス、妙高、黒姫、戸隠、飯縄の山々が、東には志賀高原の山々が常他監視物見としては打って付けである。
本郭の背後は高さ6mの切岸の下に二重堀切(北側は三重堀切)があり、その東が曲輪Uである。長さ30m、幅13mほどである。
その東に堀切を介して曲輪Vがある。大きさは曲輪Uの3分の2位である。
この先に40mに渡って三重堀切があり、鞍部となる。

三重堀切付近は南北の斜面の勾配も緩くなるため、竪堀は竪土塁を伴い斜面を下っている。
この城についての記録は存在しないとのことであるが、位置的に見て須田氏の本拠である大岩城の東を守るための出城ではなかったかと思う。
松川の対岸は山田高梨氏の本拠地であるが、山田高梨氏の城ではなかったであろう。(鳥瞰図に入れた須坂市高井は誤り。高山村高井に訂正。)

登り口から見た城山城。 主郭部北側の堀切。 本郭北下の曲輪。堀切があったらしい 本郭内部には展望台が建つ。
本郭背後にはおなじみの大堀切が。ここは三重堀切になっている。 曲輪Uから見た本郭。
曲輪U、V間の堀切底の土橋。 三重堀切は竪堀になって斜面を下る。

大岩城(須坂市日滝本郷)

大岩城(須坂市本郷/高山村高井)須坂市と高山村の境にある明覚山から北に派生する尾根上にある尾根式城郭である。
城の標高は677m。比高は260mほどである。
西の山麓にある蓮生寺が須田氏館跡であり、ここから登れるということで登ってみる。
まず、北東側に延びる尾根を行き尾根の先端部に出ると、そこが平坦になっている。
これが城郭遺構であるかどうか不明であるが、そこから北に派生した尾根筋にも数段の平坦地がありこれは曲輪のようである。
尾根を東に向かうが、巨大な岩が数箇所尾根を塞ぎ、天然の塁壁になっている。
岩の上には「かもしか」がいてじっとこちらを観察していたが、飽きたようで山を下っていった。熊でなくてよかった。
最後の岩場を越えれば城域であるが、周囲は崖であり、ロープ等の準備がなく、体調も不良であったためここで断念した。いずれ再挑戦を期したい。
巨大な岩が林立しているので大岩城というのだそうであり、石垣もあるらしい。
建久4年(1193)にこの地に入った須田氏が築城したという。麓の須田館のつめの城である。
ここの須田氏が大岩須田氏であり、武田氏により越後に追われた一族である。
その一族からは須田満親が出ており、上杉氏家臣として活躍するとともに本能寺の変後、この地方が上杉氏に占領されると最高司令官としてようやく故郷に復帰を果たしている。
しかし、その頃には大岩城は機能を停止していたらしい。

北から見た大岩城。 北に延びる尾根筋には曲輪が5段段々になっている。 主郭部手前に立ちはだかる大岩。 この岩の両側は崖。装備不足でどうしても通過できず撤退の羽目に・・残念

須田氏館 (須坂市日滝本郷)

大岩城の西の山麓にある蓮生寺が須田氏宗家の居館跡。
境内が段々状になっており、本堂付近が居館であったらしい。
背後の大岩城がある山側に段々状の曲輪があり、蔵があったという。
この寺の山門が味があって素晴らしい。
2008年11月24日、4年ぶりに大岩城の攻略を試みる。
今回は蓮生寺の墓地から登るルートを行く。この道を行くが、途中で道は途切れる。
それほどの藪ではないのでそのまま直攀。ところが、20mほど先を黒い獣が猛スピードで走っていくではないか。
足が長い動物であることを願い注視するが、短足でずんぐりむっくりの100s超級の大物。
奴は途中で止まって、こっちを見ている。こんなんでまた大岩城攻略は断念。この城、鬼門!
須田氏館跡、蓮生寺山門 居館は本堂の場所であったらしい。